セラピストにむけた情報発信



デュアルタスク条件下における高齢者の歩行−Bock 2008



2009年3月6日

今回ご紹介する研究は,高齢者が歩行の障害物回避動作を行う際,同時に視覚的な判断を要求させると,歩行パフォーマンスが影響を受けるという研究の紹介です.同時におこなう課題が視覚的な課題ではない場合,影響の度合いが少なかったことから,得られた結果は,高齢者の歩行には視覚情報が重要であることを示しています.

Bock 2008 Dual-task costs while walking increase in old age for some, but not for other tasks: an experimental study of healthy young and elderly persons.J Neuroeng Rehabil 5, 27-36

歩行課題は,通路にちりばめられた障害物を上手にまたいで歩くという課題でした.

またデュアルタスクとして同時におこなう2次課題は,視覚的課題と記憶課題の2種類でした.視覚的課題は,手に持った用紙上に25行にわたって書かれている箱の色を順に判断するという課題でした.記憶課題は,歩行開始前にある風景の絵を見ておき,歩行中にその絵の様子を忘れずに記憶しておくという課題でした.

実験の結果,視覚的課題を同時に行った場合にのみ,歩行スピードが有意に減少することがわかりました.デュアルタスクによる悪影響の程度がどの程度かを計算した結果,視覚的課題を同時に行った条件では,高齢者は若齢者より悪影響の程度が8%以上も高いことがわかりました.

この結果から,高齢者によってデュアルタスクが常時悪影響をもたらすというわけではなく,2次的課題の種類によって影響の度合いが異なり,視覚的2次課題の影響が大きいといえます.

ただし,この研究では歩行課題のパフォーマンスとして歩行スピードしか測定していないことに注意しなくてはいけません.歩行スピードが下がること自体は,必ずしも転倒に結びつくわけではなく,むしろ状況によっては安全な方略ともいえます.

従って,この研究が示したことは,視覚的な課題を同時におこなうことが歩行パフォーマンスに影響することのみであり,真に危険な状況をもたらしているのかは,障害物回避のパフォーマンスなど,より詳細な動作の特性を見る必要があります.今後の研究により,高齢者にとって,よそ見をしながら歩く場面のほうが,流れてくる音楽に耳を傾けて歩く場面よりも本当に危険なのか,明らかになると期待されます.



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